かたちだけの愛 平野啓一郎 中央公論新社 2/23/20

February 23, 2020

このタイトルから、貴方なら何を想像しますか。裏切り、嘘だらけ、上辺だけ・・違いますよ。これは、義足にまつわる、つまり足を失った日に生まれた愛。かたちが生んだ愛かな?愛の始まりは、誰にも分からない。平野さんは、本の中でこう言っています。「完全な身勝手さに愛がないのと同様に、完全な献身にもまた愛はないのだ。」重いけど、素敵です。「もし、混じり気のない、純粋な配慮というものがあるとするならば、それは、どこか冷たい義務感から発したものであり、何があっても相手を手放せないという、無闇やたらな情熱からはほど遠く、彼女の言葉によれば、愛ではない。ただの親切にすぎないのだった。」とても長い文章で、決して美しいとは言えないけれど、これだけの言葉が、この意味には必要だったのだという、必死さが良いです。「愛はなるほど、常識的に考えても、利他の感情と利己の感情が絡み合ったものだが、相良が理解しそこなったのは、人は、利己心が相手の中にまるで見えない時にも、自分が本当に愛されているかどうかを、深刻に思い悩むものだという事だった。」このように、愛に関しての言葉が、散りばめられている本です。男女の愛だけではなく、肉親との愛にも、深く言及しています。義足が美しく羽ばたいていくと共に、二人の愛も高みに登って行く。最後のページに、「彼は今、久美といる時の自分が好きだった。他の誰といる時の自分より好きで、この自分なら愛せるかもしれないという気が初めてしていた。」これが言いたかったんですね、平野さん・・