空白を満たしなさい 平野啓一郎 講談社 3/12/20

March 12, 2020

私は、はっきり言って、とても感動しました。ああ、私の人生こういう事だったんだなあ、と。一言、一句が、深く深く胸に染み渡りました。とても、良い本です。一旦死んでしまった人達が生き返り、死んだ意味、生きていた意味を探り、家族との関係、自分のこと、もう沢山のことを網羅しています。一言では、言い切れません。取り敢えず、素晴らしい文章がいくつかあったので、ここに掲載させて頂きたいと思います。

ポーランド人ラデック(火事に飛び込み、老人を助けようとした復生者ー生き返った人ー)の言葉
「誰も、人間の苦悩する権利を否定することは出来ません。それは、残酷なことです。我々はいつでも、癒しを与える事を急ぎすぎ、自分の住んでいる世界を憎悪から守るのに必死で、他者の苦悩を尊重するのを忘れがちです。」「苦悩を否定された人間は、悲劇的な方法で、それを証明するように追い詰められます。多くのの場合、我々は、決して否定できない深刻な事態が生じてから、初めて彼の苦悩を知るのです。」

そして、ラデックは、在原業平の歌「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」という、業平の使える惟喬親王への心配りを挙げています。ポーランド人が、日本の伊勢物語が大好きで、それを引用するところも、とても良い・・・その静けさ、奥ゆかしさが、とても共感できますね。この辺りで、本書は、ゆっくりと、最初のクレッシェンド(音が段々と大きくなること)を迎えます。そして、彼はこうも言っています。「死は傲慢に、人生を染めます。私たちは、自分の人生を彩るための様々なインク壺を持っています。丹念にいろんな色を重ねていきます。たまたま、最後に倒してしまったインク壺の色が、全部を一色に染めてしまう。そんなことは、間違っています・・・」

そして、平野さんの「分人」というコンセプトに行き着きます。これは、「個人」という言葉に対しての、新しい考え、そして生き方です。つまり、其々対応する人間関係によって、異なる自分がいて、そのどれもが真実であり、同等であるというもの。「個性というのは、だから、唯一不変の核のようなものじゃないんです」これは、精神科医であり、NPO法人の池端氏の言葉。更にラデックは、昔の人が出家という形を取る事によって、社会的な分人を消す事によって、その分人が活性化されずに、終いには自殺という行為を防いでいたのだと言います。

私は子供の頃、辛い事があると、「自分は死後の世界にいる」と思う癖がありました。今思えば、こう考える事によって、その辛い状況を悪化させずに、次の行為に走らなずに済んでいたという事でしょう。つまり、心の免疫効果。主人公の友人秋吉は、分人の話を聞いている時に「親父っていうより、親父の前におる自分が気に入らんかったといえば、そら、確かにそういう面もあったかな。」と、死んだ自分の父親と面と向かう時に、胸クソ悪かった思い出を、分析しています。まさに、真実!!

私は思います。この分人という考え方。何も、頻繁に会う人達の事だけじゃないはず。心の友でも良い。心に住む大事な人が、自分を形作るのは、素晴らしい。そう思いませんか。本書は、自分自身を分析、理解する大事なキーワードが、ここかしこに散りばめられた大長編。一気に読む本じゃあ、ありません。時間をかけて、時には伊勢物語を紐解いたり、ゴッホの絵を見たりしながら、その世界に浸る本です。是非、時間を作って読んで見てください。人生の指標となるはず。