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仕事部屋の価値  11/8/10

November 8, 2010

この秋、週末に大学で教える事が増え、教えた後に自分のレッスン室に残って、練習したり、勉強したりするようになったんです。これが、中々良い!学生達も余りいないし、静かな空間で、練習してます。週末、家で何かやろうとすると、スケジュール通りにいかず、効率がとても落ちる私。まあ、こういうのを、「意志が弱い」と一般的には言うのだけどね!それが、大学の部屋にいると、邪魔になるものが何もないので、勢いに乗って練習、調べ物が効率よく進むんです。窓の外を見れば、ちょっと素敵な中庭に噴水。これも、息抜きにはもってこい!ちょっとお茶でもーーと思えば、秋色に染まりつつあるキャンパスを歩いて、大学内のコーヒーハウスで。日曜日も主人のいない午後は(オーケストラは日曜日の午後がコンサート)、ちょこっと大学に行ってみる事もあります。それに、週末はコンサートホールが空いていることが多いので、そこでも練習したりします。作家の方達がホテルにこもる、とか、仕事部屋で書くというのは、もしかしたら、こういう事なのかなあーー、などと思っています。

私達にとって楽器の練習というのは、必須の事で、時にはまんねりになったり、効率悪く、先が見えないブラックホールに入ってしまうことも。フレッシュな気持ちで、新しい方向性を見つけながら、練習出来るようにしたいですね。皆さんも、練習に飽きたり、何か進歩しなくてイライラしたら、練習する順番を変えたり、自分を触発できるような方法を見つけたり、出来ると良いですよね!やっぱり、何と言っても、音楽をするのは、楽しいことです!

我が家に、ふくろうがやって来た! 10/25/10

November 3, 2010

ロスアンジェルスのダウンダウンから30分弱だけど、自然のとっても多い我が家。野生動物には沢山お目にかかるけれど、ふくろうは始めて。先日の夕方、何だか庭から「ホーホーーー」って聞こえるので、狸にしては声が違うなあーーと思って見たら、何と2匹のふくろう。庭の木に止まって、2羽で何やらおしゃべりの最中でした。ふくろうは、縄張りが大きく、広大な範囲を飛び回るようで、どこから来たのやら。やっぱりとっても大きかったーー。森の長老という風情で(若かったらごめん!)、威厳があるような感じでした。まあ、私の勝手な想像だけどね!しばらくして、山の方に2羽で飛び去っていきました。そして、とっても印象に残る夕方となったのでした。

(コンサートや映画には良く行きますが、感想はすべて英語ページですので、興味があればそちらをご覧下さい)

とてもびっくりした、一俳優の発言 10/12/10

October 11, 2010

先日なにげなくNHKの放送を見ていた時の事。経験を積んだ俳優さんが、自分の駆け出しのころのお話をしていて、その中で、アメリカ社会、もしくは西洋社会では、あり得ない発言があり、びっくりを通り越し、ショックを覚えました。私の住むアメリカ社会は、それは多くの違った人達が生きています。だから、人種、宗教、結婚の有無、ヘテロセクシャルであるか、ホモセクシャルであるか、など、差別に繋がる発言に、非常に神経を払います。それが、まあ、この方平気で、ホモセクシャルの方達の事を、笑いものにするような発現。そして、それをカットもせずに放送したNHK。きっと、日本では、こういう事は平気で行われているのだろうけれど、これがアメリカ社会なら、この発言だけで、この俳優の方も、NHKも、大問題になるはずです。日本が、差別問題に寛容なのか、それとも鈍感なのか、どうなんでしょうーー。とにかく、びっくり致しました。

ピアノテクニックのメインテナンスに、ピッシュナ 10/11/10

October 11, 2010

車も定期的なメインテナンスが必要、電気製品も、お肌のお手入れだってあるし、爪のお手入れにとってもお金をかける人達もいる。そのように、一度身につけた事でも、そのレベルを保つために、いろいろと必要になってくるんですね。私は高校生の時にとっても良いピアノの教授に出会って、それまでやって来たテクニックの見直しなしには、次のステップにいけない事を言われました。本当に自分でもそう思ったので、一からいろいろやりましたが、その一つに、ピッシュナ(Pischna)というテクニック本がありました。この本は、ただ単に指を鍛えるというものだけど、これがとても良い。この本を一冊こなすと、約一時間かかるけれど、終わった時はすっかり指がほぐれ、指に神経が届き、良い状態になるんです。この本は、今でも私のピアノバイブルです。手の調子が悪い時や、何だか指がスムースにいかない時に、これを一冊弾きます。それを数日続けると、自分の手が確実に戻って来ますよ!でも一曲づつ、その目的を考えながら、指や手のどの部分に神経を集中させるのか、どの部分を鍛えているのか、を考えなければ、練習の意味がありませんけどね。毎日の指慣らしにも、最初の10曲ぐらいを、音階と一緒に使っています。

私の時間節約術 10/11/10

October 11, 2010

いろいろな本が出て、どうやったら限られた24時間を効率的に使うか、という事が論じられていますね。私の場合、1)まず、バリバリやる時と、グタッとする時のメリハリをつける、2)出来る事は、2つ3つ同時にやる事の2点でしょうか。例えば、ピアノの練習中に煮物などの調理は出来るので、そのように準備して始める、見たいテレビがある時は、その時間に同時に、洗濯物をたたむ・爪を切る・ぺデイキュアをする・ボタン付けをする・アイロンがけをするなど、お茶を飲むためにお湯を沸かす時間に、台所の片付けをする、通常の買い物に行く時は、しっかりどの順番で店を廻るかを、一筆書きのように準備して出掛けるなど、時間を効率的に使い、時間を生み出す事が出来ます。その代わり、ゆったりする時間も確保しますよ。例えば、主人と夕食の時間は、美味しいものを、ちょこっとお酒など飲みながら、その日あった事など話しながら、過ごすなど。でも、その後夕食の後片付けをしたら、又ピアノの練習に戻るなどしますがーー。気の合った友人達と美味しい食事をしながら集まるのも楽しい!映画も大好き!ミルクテイーを片手に、本を読む時間も良いし、庭に来る鳥達やリスの動向観察も面白い!2ヶ月に一度の相撲観戦も良いしなあーー。まあ、人生一度の中で、やらなければならない事と、やりたい事を、どちらも前向きに、出来るなら楽しくこなしていきたいですね。

中米公演旅行 -メキシコから(新聞への連載エッセイから)10/2/10

October 3, 2010

ここメキシコで、私の今回の公演旅行も終わりです。ここでは、メキシコシテイ(メキシコの首都)とプエブラ市で2回の公演を行いました。私の住んでいるカリフォルニア州は、サンデイエゴ市でメキシコのテイフアナ市と国境が接しているので、メキシコというとお隣という感じですが、メキシコシテイはずっと南に位置していて、ちょっと車でドライブなどという、距離ではありません!まさに、異国です!現在、メキシコシテイの空港で帰りの飛行機を待っているところ。何だかいつも、空港からお便りを書いている感じですね!

メキシコシテイは標高2000メートルくらいの高地にあるので、ちょっと頑張って歩くと息切れするとか、沸騰温度が違うとか、朝晩の温度の差が激しいとか、来る前には分からなかった事がいろいろ。コンサートは2回とも国際交流基金メキシコ事務所の主催で、それぞれ大学内の講堂で行われました。特にプエブラ市(メキシコシテイから車で2時間くらい)でのお客様が良かった!熱狂的で、コンサートが終わった後も、素敵なお言葉を沢山頂きました。こういった皆様のお言葉が、私のこれからの励みになり、エネルギーになります!こうして遠くの国々に来て、ピアノを弾き、皆様に喜こんでもらえるというのは、まさに演奏家冥利に尽きますね。まさに体一つ、手2本で(!)、いろいろな国の人々と音楽を介して通じ合えるというのは、本当に有難い事で、やりがいがあります。今回選んだ演奏会のテーマ「アジアと西洋を音楽で繋ぐ」というのは、今後も自分の人生の中で、続けていきたいテーマです。コンサートの中でのお話も、何とかスペイン語でクリア!やはりそのお国の言葉で、聴衆の方々に語りかければ、一段と距離が近くづくと思います。そして、今回はそれぞれのお国の誰でもが知っている曲をちょっとアレンジしてアンコールに選び(日本で言えば、小学唱歌の“赤とんぼ”とか“浜辺の唄”)、とても喜んで頂きました。

ちょっと空いた時間で、多少観光もしましたよ。長年の憧れであるフリダ・カーロ(有名なメキシコの女流画家)の家を訪れる事が出来たのは、本当に嬉しかったです!本や映画などで、慣れ親しんで来た彼女の作品をこの目で見る事が出来、感動に続く感動!そして、彼女がご主人(有名な芸術家)と一緒に住んだこの家は、そのものが芸術品です。カサ・アズール(水色の家)と呼ばれ、この中を歩く事が出来たのは、私にとって、とてもとても貴重な時間になりました。彼女は生涯病気と闘い、そのかなりの部分をベッドの中で過ごしました。その苦しみ、あがきが彼女の芸術の中で多く見られますが、彼女のベッドを見ることが出来て、私はしばし時間が過ぎるのも忘れました。それは、美しい庭が一望に見渡せる場所にあって、扉を開けると寝ながらも外の空気に触れるように出来ていました。

帰国前日に半日時間があいたので、メキシコシテイ内のチャパルテペック城と近代美術館を訪れました。ホテルから歩いていけるなあと、簡略な地図を見て行ったのですが、これが結構な距離で、まさに「標高の高さ」が私に反撃!ちょっと疲れてしまいましたねーー。帰りは何だかおまけに道に迷い、警察の人に道を尋ねたところ、一人歩きは危険だからと、警察の車でホテルまで送ってもらうという、計算外のおまけまでついて来ました!近代美術館は美しい建物で、館内を廻りながら静かな時間を過ごし、その後お城へ。これは、同じ公園内にありましたが、ちょっと高台に立っていて、そこまで登るのが、一苦労。まさに標高を感じました!しかし、これは行く価値大有りでしたよ。スペイン統治時代のもので、歴史を感じるだけでなく、とても美しい建物で、居るだけで素敵でした。あちこちに散りばめられた芸術品や当時の生活をしのばせる部屋を見て、楽しい時間を過ごせました。この後、ホテルへの帰途で、「迷った」という訳です。この時にもう本当に、基本的なスペイン語が分かって助かりました。

とにかく、病気にもならず、天候にも恵まれ(私がいる間、中南米では大雨が降ったりで、大変だったのですが、幸運な事に飛行機の遅れもなく、どのコンサートに雨の被害もなく、本当に良かったです!)、今回も有意義な公演旅行が、本当に沢山の方々のお力で、出来ました。今度は、ロスアンジェルスからのお便りですね。紋別は寒くなるでしょうから、皆様もどうぞお元気で!

中米公演旅行 エルサルバドルにて(新聞の連載エッセイから) 9/26/10

September 29, 2010

先日お知らせしたキューバでの公演の次は、エルサルバドルでの演奏会へ。何故か乗り継ぎが悪く、コスタリカのサンフォセ市経由で、行きました。この国も、始めての訪問です。キューバは暑くて、まさにカリブ海の美しい島、という感じだったのですが、こちらでは、しとしと雨が私を迎えてくれました。空港から30分くらい離れた首都のサンサルバドル市は、少し高地にあり、ちょっと肌寒くもありました。

エルサルバドルは、中南米の他の国々同様、長くスペインの統治下にあり、1823年に独立。その後の60年間は、国内の権力争いに明け暮れ、又、隣国のグアテマラとホンジュラスとの領土紛争もありで、混乱を極めていたようです。その後、ヨーロッパにおける珈琲の需要が伸び、輸出産業が展開。それに伴って資本家階級が誕生し(「珈琲14家族」と呼ばれ、現在もこの末裔が国の重要な部分をになっているらしいです!)、彼らが政治・経済両面で支配するようになりました。その後、悲惨な生活をしいられていた農民・労働者の不満がたまり共産党の誕生、クーデター後の軍事政権など、第二次世界大戦をはさんでも、不安定な政情が続いていたようです。いろいろな支配政党が次々にあらわれ、1984年の選挙で中道左翼政権が始まりましたが、国民の期待に応えられず内戦が悪化し、5年で敗退。1989年に行われた選挙では保守系が圧勝し、その後国連事務局長の支援や、アメリカの後押しもあり、ついに1991年にメキシコにおいて和平合意文書に調印、長い間の内戦に別れを告げました。そして内戦による国の疲弊に手を打つべき新政党(ARENA)が、国の再開発に乗り出しました。そして、2009年に15年ぶりに選挙が行われ、再び左派政権が勝利。現在は、50歳のフネス大統領の元、国政の見直しを図っています。特に、文化面での教育が疎かになっていたので、その面において、何とか早く青少年にきちんとした文化教育をしたいと考えているようですーー。

こういった背景もあり、私のコンサートは、エルサルバドルの文化庁の期待が高かったのです。もちろん日本とエルサルバドルの友好、そして日本の音楽紹介が今事業の大きな目的ですが、国民に音楽の素晴らしさを通して感動を与え、情操教育に目覚める。そういった部分も大きかったようです。という訳で、コンサート前日、在エルサルバドル日本大使館での晩餐会でエルサルバドルの文化庁の方達とお会い、いろいろなお話を聞かせて頂きました。将来に向けての音楽教育、芸術振興などプランは沢山あるようでしたが、まだまだ実行に行くまでにいっていないというのが、実情のようです。コンサートは2回、首都のサンサルバドル市の国立劇場と、第2の都市サンタアナのこれも国立劇場で。どちらも、沢山のお客様に入って頂き、公演終了後も多くの方々から素晴らしいお言葉を頂き、まさに演奏家冥利につきるエルサルバドルでの経験になりました。アンコールでは、日本の「さくらさくら」に続き、お国自慢の歌を2曲ピアノで弾き、会場一杯、盛り上がりました!

次は中米の大国、メキシコへ移動です。こちらは、国の規模が全然違うので、どんな経験になるのか、今から楽しみです。メキシコでも、2公演が予定されています。それでは、又、近況お知らせします。

中米公演旅行 キューバにて(新聞の連載エッセイから) 9/23/10

September 29, 2010

私は現在、中南米のコンサートツアー(キューバ、エルサルバドル、メキシコの3国で、5回のコンサートと一回の公開レッスン)に来ています。そして、最初の国、キューバでのコンサートと公開レッスンを終え、二つ目の訪問国エルサルバドルへの飛行機の乗り換えで、コスタリカのサンフォセ空港にいます。ここは、2年前にもコンサートで来ていて、空港の様子も同じで、コーヒーショップで一息ついたのも、全く同じ!面白いものです。

さて、キューバの訪問について、いろいろと新しい事の連続で、何からお話してよいやらーー。もちろん、キューバと米国は国交がないので、基本的にはアメリカ人の渡航は不可能です。ただし、音楽家や芸術家、特別な許可を得た人達は、出入りしています。私は、アメリカに住んでいますが(グリーンカードで、アメリカでの生活、仕事をしています)、日本人なので、全く問題なし。しかし、パスポートにキューバ入国の証拠が残るとアメリカに再入国した時に問題になるので、私だけでなく、すべての外国人が、旅行許可証を買い、それで、キューバへの入国・出国を行います。アメリカに住んでいると、キューバについての情報は乏しく、又悪いニュースが多く伝わって来るので(経済制裁など、ご存知のように現在のところ関係は良くないので)、行くまではすべてがあやふやで、どんなところに行くのだろうーーという、感じでした。今回の演奏旅行も、日本政府の文化事業の一環で、国際交流基金と、各日本大使館の主宰で行われ、準備中、滞在中も、キューバ日本大使館には、何から何までお世話になりました。そして、もちろん、すべての計画は、国際交流基金ニューヨーク事務所を通しておこなわれ、ここにも、本当にお世話になっています。

キューバは、社会主義国で、ほとんどすべての国民が国家公務員。階級は多少あるとは言え、平等な生活が保障されています。例えば、病院はすべて無料!最低の食料は、配給と、いう具合です。そして、国の貨幣が、2種類あり、日常のキューバ人の暮らしは、我々外国人・観光客が使用する貨幣の約24分の1に設定されています。ですから、国からのお給料は、信じられないくらい安いんです。普通のクラスの人達は、約月に3000円ですよ!だから、医療が無料とはいえ、日常の暮らしは大変苦しく、お給料以外に何とか副収入を手に入れようと、皆必死です。90年代にソ連が崩壊して、ここからの援助がなくなり、現在は、隣国のベネズエラと中国の援助で、国を成り立たせています。オバマ政権中に、アメリカとの関係が修復するのではーー、とも言われていますが、どうなりますやら。

生活が苦しい反面(トイレットペーパーや、油といった日常品がないのも普通で、ホテル以外では、トイレに便座がないことも普通です!)、良いことも沢山。例えば、犯罪が少ない。銃や薬物の問題がない。音楽が、本当に素晴らしい。町が他の中南米の国に比べると、きれい、など。特にビーチは本当に美しく、ちょっと水に足を入れると、熱帯魚が廻りに泳ぎ、珊瑚礁があちこちにあるようです。というのも、もちろん、私はコンサートで行ったので、ビーチで遊ぶ暇はありませんでしたから、人聞きです!コンサートはお蔭様で、沢山のお客様に来て頂き、日本大使と奥様、そして各国の外交団の皆様も来て下さり、文化交流という名目が果たせたと思います。在キューバ日本大使とは、実は私生活でも、親交があるんです。まず、この大使は大のクラシック音楽好きで、CDのコレクションは4000枚くらい、並の音楽評論家など、とっくに越えていらっしやいます。そして、私の音楽高校時代の担任の先生が、前任校で、この大使の先生で、この先生の影響もあり、大使は音楽好きになったという関係。この我々の共有するこの恩師は、今はあまりいらっしゃらないタイプで、いわゆるご自分の信じる道に邁進する「名物先生」です。この先生の話になると、盛り上がってしまい、片や大使がいらしたのは東京でも有名な進学校で、私がいたのは音楽高校ですが、全く同じような教え方、逸話を残していらっしゃるので、話がつきません!話は脱線してしまいましたが、この大使のご尽力もあり、今回のキューバ公演が実現した訳です。

コンサートの前日、音楽学校で開いた公開レッスンでは、教えた生徒さん達もとても良く練習してあり、会場も満員で、音楽を通して、まさに「国境を越えた時間」が持てたと思います。こうやって世界のいろいろな国に行って、演奏・レッスンをすると、音楽がもたらす力は大きいと心より思います。明日、あさっては、エルサルバドルでの公演、そして、その後メキシコに行きます。それでは、長くなりましたが、今回の公演旅行の第一寄稿を終了!皆様もどうぞお元気で、次回の第二寄稿を楽しみにしていて下さいね。

9月場所始まる! 9/12/10

September 12, 2010

山のようにある問題を解決しながらの、今場所。NHKも生放送を再開。お会いしたこともない、お相撲さん達だけど、何だか「お久し振り!」という感じで、初日見ました。元気で、見ごたえのある取り組みが多かったですね。北の富士さん、舞の海さん、そしてお馴染みの藤井アナウンサーのお顔とお声も、相撲ファンの私としては、とても嬉しいものでした。これからの、14日間、初日に負けず、手に汗握る取り組みを見せて下さい。それにしても、お相撲さんの皆さん、とっても張り切っていて、良いエネルギーが充満している感じ。テレビのこちら側でも、大声で応援していますよ!

「長生きの国」という仮面をかぶって  9/5/10

September 5, 2010

今日9月5日付けのロスアンジェルス・タイムス(新聞)に、日本で現在大問題になっている、100歳以上の行方不明者の記事が大きく載っていました。行方不明者の数の多さも然ることながら、行方不明になっている年月の長さにも、驚かされます。どうやったら、何十年もの間、誰にも知れず、行方不明になる事が出来たのでしょうか。日本の誇る戸籍システム(アメリカにはそういったものはない)、市民目線のお役所仕事、町会などを通じてのご近所付き合い、そして一番大事な家族の絆は、どこへ行ってしまったのでしょうか。年金搾取していた家族にしても、どうやってそんなに長い間、隠しきれたのでしょうか。

都市部での孤独死や孤独な暮らし、又あふれる若い層の引きこもり問題が取りざたされる中、5年以内には、65歳以上が日本の国の人口の4分の1を占めるといわれている現状。これからの日本人の暮らしは、どうなっていくのでしょうか。そして政治が根本のところで、「軸ずれ」している今、全くどうなっていくやらーー、と思わざるえません。高度成長期の素晴らしい躍進、そしてバブルがはじけた90年代初期、そして長年続いている経済の低迷。戦後の日本の復興から現在に至る65年の間に生じた、国としてのストレス、「臭いものには蓋」的風潮、「臭いもの」にも関連するけど、問題を直視しないですむならそれが一番的な考え方、そういった様々なマイナス要因が少しずつ出てきている感じですね。素晴らしいところが沢山ある我が母国日本。ここいらへんで、物事きちんと見直して、本質に迫る解決を見出して欲しいものです。若い層でこういうものが流行っているからといって、何もその他の世代がそれに融合する必要は全くないです。中高年の良いおばちゃんたちが(これ、私の事ですよ!)、携帯のストラップにチャラチャラ何かつけたり、若い人がこう言っているから、こうしなきゃ、なんて思う必要は全くない!分かり合う必要はもちろん大事だけど、自分の軸を揺るがせる必要はありません。そうやって、世代を超えて刺激し合い、助け合い、暮らしをささえ合う。そういった、昔の縁側で下駄をぶらぶらさせながら、祖父母と語り合ったような暮らし。そしてそこには、蚊取り線香の匂いが、ちょっと煙いけどゆらゆらとしていたりしてーー。何も昔に戻れ!と言っている訳ではないけれど、日本人には日本人に合った暮らしの知恵、社会での生き方、長い歴史の中で培ってきた原理、基本、そして誇りがあるはずです。そういうものを、きちんと見つめて欲しいんです。何だか怒りを抑えきれずに、支離滅裂になった本日のブログ。まあ、こういう日も、私には沢山あるんです。それでは、今日も明るく、元気にいこう、とちょっと疲れた体に鞭打っています。