Japanese Blog 日本語のブログ

アミノ酸って、一体何?3/31/12

March 31, 2012

日本食品で、アミノ酸の入らないものを探そうとすると、一苦労する。梅干、佃煮、さつま揚げ、お出汁のもと、魚の缶詰、カレーのルーなど、もうありとあらゆる食品に含まれている。もちろんスナック菓子は言うまでもない。梅干は私にとって必需品なので、昔ながらの、塩だけで漬けているのを探すのは(そして中国産でないもの)、いつも大仕事である。このアミノ酸、つまりは、化学調味料で、ご存知かどうか分からないが、こちらアメリカでは、結構恐れられているのである。アメリカの食品表示では、MSG – monosodium glutamate と言われ、人によっては、頭痛を引き起こしたりする。又、アジア系のレストラン(中国、韓国、日本、タイなど)では、MSGを使う事が多いと言われ、場所によっては、MSGを一切使用していない事を表示するレストランもあるくらいである。健康オタクの日本人が、どうしてこれに反抗しないのだろうか。健康面だけでなく、私など、この「なあなあ」の、アミノ酸味に、味覚が麻痺されたくないので、一人反旗をひるがえしているくらいだ。皆さんも、次回お買い物に行ったら、ちょこっと食品表示をご覧になってみては??。きっと、かなりの確立で、アミノ酸が我々日本人の食卓を、蝕んでいることに気が付かれるはず。そして、「アミノ酸」について、ちょっと考えてみては、どうでしょうか。

追伸 中国産についての批判は絶えず、私も何とかこの汚名を挽回してもらいたいと思っている一人である。しかし、先日こちらの新聞に中国産批判を納得させる記事が出ていた。一つ目は、一度調理で使用した油が下水にながれ、それを再使用しようしている事例。二つ目は、解凍しようと冷凍庫から出しておいた豚肉が、青白く輝いていた事例。これは、豚を育てる時に、えさにすごいものを混ぜている為らしい。まあ、こういうものを読んでしまうと、中国産を敬遠してしまうのもしょうがない、と残念ながら、納得している私です。中国の生産者の方々(もちろん正直な方々もたくさんいらっしゃると思いますが)、直球勝負の姿勢でお願いします。

栄養失調に陥る不思議   3/31/12

March 31, 2012

長らくのご無沙汰です。英語ページには、映画・コンサートの感想やら、演奏したコンサートのことなど、日常的に書いているのですが、日本で配給されている映画も、日本で活躍している演奏家も、皆違うので、つい日本語ページは筆不精に。久しぶりに、このーページにブログ書いています。

私は、毎年健康診断を主治医と行い、いろいろチェックしてもらっています。現代では、検査技術が進歩しているので、血液検査から、かなりの病気が判明します。その代わり、かなりの量、血液を採られるので、覚悟は必要ですが・・。癌家系出身の私は、特に癌の検診には気をつけています。今回の検診で分かったのは、ビタミンD不足というものでした。これは、骨を形成するカルシウムに必要な栄養素で、多分日本人に不足しがちな物質ではないかと、思います。まず、極端な紫外線対策。日本人女性のほとんどが、日焼けを恐れ、手袋から、日傘、日焼けクリームなどの話題には事欠かないものの、日光不足の話はとんと聞かないですね。というのも、日光にある一定時間当たらないと、このビタミンDが稼動しないのです。そして、ビタミンDが不足するとカルシウムが取れず、骨に関する疾患が出てきます。そして次に、野菜への信仰から、肉・魚といった蛋白質が不足がちになること。そりゃあ、野菜を沢山食べれば、お腹いっぱいになって、それ以外の食品の入る余裕がなくなりますものね!ビタミンDは、特に青魚に多く、卵など、コレステロールが高いと言われる食品にも含まれます。それから、これも今回少し調べて分かったのですが、玄米に含まれるリンが、カルシウムの吸収を腸で妨げるという事。だから、粗食が一番と言って、「玄米と味噌汁」という食事を採り続けていると、極端な栄養不足になるという訳です。生活にしろ、食事にしろ、すべてバランスが大事ということを、改めて認識させられました。そして、とても複雑な我々の体も、そのバランスの上に成り立っており、天秤が右に行っても、左に行っても、体調を崩してしまう。健康診断はとても大事だと思いますよ。私の親しい友人の一人も、この毎年行う健康診断で癌が見つかり、命拾いしました。ちょっと億劫でも、是非毎年健康診断を。そして、時間とお金に余裕があれば、精密に行うことをお薦めします。

バッハ「ゴルトベルグ変奏曲」との旅、続く。1/16/12

January 16, 2012

昨年から演奏しているバッハのゴルトベルグ変奏曲。今回で3回目のコンサート。ロサンゼルスの新聞にも取り上げてもらった事もあって、沢山の音楽好きのお客様が集まってくれた。演奏の後、一人のお客様が、「主人が最初に誘ってくれた時は、長いコンサートになるなあと、渋ったけれど、聞き始めたら音楽に取り込まれ、時間も忘れて聞いてしまった」と感動してくれた。正にこれが「ゴルトベルグ」の持つ力である。演奏する私自身も、演奏の間で、いろいろな気持ちになり、様々な思いがよぎる。沢山の人が、暗譜と持久力に驚くが、それもそのはず。70-80分の間、ちょこっと間をあけるだけで、ずっと弾き続けるのだから。でも、私自身この機会にこの曲を勉強出来たこと、そして一緒に成長(まあこの年でこの言葉は普通は使わないけど)、演奏を通じて沢山の人にゴルトベルグ変奏曲の素晴らしさを伝えられたことは、とても貴重な時間だと思っています。今月の終わりには、フロリダで演奏が待っています。

2012年 謹賀新年!

January 10, 2012

皆様、新年明けましておめでとうございます。今年も、昨年同様、よろしくお願いします!

ロサンゼルスは、強風が吹いた日もありましたが、おおむね快晴の、年末年始でした。例年のごとく、私は主人の実家で数日、主人の家族達と過ごしました。主人は、4人兄弟なので、皆集まると賑やかで、楽しいですね。ゲームをしたり、ご飯を食べてただしゃべったり、そして食事の後片付け・・。まあ、どこの家でもやることです。今年は一番上のお兄さんの家族が欠席、そして二番目のお兄さんのところの2人の子供が欠席だったけれど、若い世代に家族が増えているので、小さい子供達が、皆のおもちゃに。まあ、何にせよ、平和で楽しい家族の時間でした。昨年の東日本大震災を経て、こういう「普通」の時間が、本当に大事で、かけがいのない事を、痛感しています。家族を失い、職を失い、住む家を流され、地域のつながりが絶たれた多くの方々。昨年3月11日まで、家族、仕事、ご近所、生きがいのバランスの中で、平和な日々を送っていらしたのに。そのバランスが、一瞬のうちにことごとく断ち切られてしまった。狭くて居心地の悪い仮設住宅の中で、生きがいを失って呆然とする方達。何で生き残ったんだと、嘆くお年寄り。将来への不安しかなく、眠れない夜を過ごしている沢山の人。国から地方自治体、そして個人への支援の流れが効果的でなく、かつとても遅いので、復興、そして未来像を描くことが出来ない、被災地の皆さん。働き者の日本人なのだから、目的がはっきりすれば、全員一丸となって、目標達成に向かって皆で力を合わせていけるのに・・。自治体の中では、国からの回答を待たずに多額の借金をして、復興に向け発進した市もあるし、インターネットでボランテイアや支援を働きかけ、自分達だけで高台移転、新しい町作りを始めた町村もある。すでに一年が経とうととしている、被災地の皆さん。海外の我々も応援しています。忘れていません。どうぞ自暴自棄にならずに、明日を信じて、小さな毎日の中に何か楽しみを見つけて頂ければと、遠方より深く願っています。又、被災地を訪れて、アメリカの人達の応援の声を届けられればと、思います。どうぞ皆様にとって、2012年が、素晴らしい年になりますように。

 

 

 

大槌町での震災コンサート  11/20/11

November 20, 2011

今日の午前中、日本から帰宅。3泊5日の、最短日本滞在でした。震災後、すぐにロサンゼルスで義援金コンサートをして、その収益を送ったりしたけれど、何かもっと直接的にお手伝い出来ないかしら、と思っていました。日本の知人で、ロータリークラブの方とのお話しから、育英基金を創立した事を聞き、そのお手伝いをさせて下さい、というところから、このコンサートの話が始まったんです。ロータリークラブから、被災した学校にピアノを贈呈する事になり、そのお披露目に合わせて私が来日。ピアノの演奏で参加する事に話しがまとまりました。そして、ピアノ演奏の参加だけでなく、アメリカの友人達からのメッセージも届けたいなあと、友人達とハートマークで一杯の、明るく楽しいキルトを作成。そして、義援金も集め、教えている大学の学生達のメッセージも集めて、来日。アメリカからも応援しているよ!という気持ちを日本に持って行きました。日本でも沢山の方達のお力を得て、自治会、学校側とも連携、18日の会となりました。仮校舎で会った学生達が、とても元気で、人懐っこくて、明るくご挨拶をしてくれて、先生方も皆さん話しやすくて、こちらが、元気になる感じでした。私の演奏の後は、生徒達がお返しに、とっても素敵な歌を披露してくれて、涙が出そうでした。クラスメートで亡くなった子供も、両親を亡くした生徒も、そしてかなりの生徒達がすべてを津波で失ったのに。これからの気の遠くなるような、長い復興。新しい都市作りはどうなるのか、未知のことでいっぱいです。被災地からの写真、日本滞在中の写真もアップロードしましたので、もしお時間あったら、見て下さいね。テレビや新聞でも取り挙げて頂き、多くの方に活動を知って頂けた事で、更に意義深い会となりました。

災地滞在の最後は、皆様に連れて行って頂いた花巻温泉で久しぶりにお風呂に入り、ゆったり、ゆっくり。そして、翌日は、東京へ。学生時代の友人達やこちらの大学で教えていた学生に会ったりで、あっという間に時間が過ぎていきました。久しぶりの日本で、とても短い時間でしたが、有意義で、楽しく、心温まる滞在となりました。

 

ロサンゼルス・バッハ祭でのゴルトベルグ変奏曲演奏 11/7/11

November 8, 2011

皆さんも忙しい日々を送っていらっしゃると思う、今日このごろです。私もまさに、自分で言うのもおこがましいのですが、「多忙」が、ぴったりの状態です。演奏家として、いろいろな機会を頂き、様々なコンサートで演奏出来るのは、とても有難く、幸せなこと。この秋は、正にそうです。異なるプログラムの演奏会が続いていますが、その中でもハイライトは、何といっても、バッハのゴルドベルグ変奏曲。今年の初頭から、ずっと練習を積んで来て、機会あるごとにこの大曲の一部を演奏して、少しずつ慣らし踏み。そして、9月の終わりと10月に本番が。10月22日のロサンゼルス・バッハ祭でのコンサートは、事前に売り切れになり、沢山のお客様にこの素晴らしい音楽を演奏出来、本当に幸せでした。又、キャンドルの灯りだけで演奏会場を灯したので、お客様も曲との対話が出来たと思います。この曲の持つ力は、本当に大きい・・。次は、一月にこの曲のコンサートが、2回予定されています。我々演奏家は、曲を勉強することで、成長して行きます。それを実感させてくれた、バッハのこの大曲に出会えて感謝、感謝。当日演奏した録音を、Junko Ueno GarrettのYoutubeチャネルからお聞き頂けます。

日本で、今月18日に被災地、大槌町でチャリテイー・コンサートを致しますが、その時にも一部を演奏する予定です。鎮魂の気持ちを込めて、演奏させて頂くつもりです。

琴奨菊関、大関昇進おめでとう 10/10/11

October 10, 2011

9月場所での好成績で(毎日応援していましたよ!)、無事大関昇進となり、本当に嬉しいです。相撲界の様々な問題で、ここ数年バタバタしている大相撲ですが、久しぶりの明るいニュース。そして、何といっても琴奨菊関の、周りを温かくするあの笑顔です。沢山のプレッシャーもあるでしょうが、自分らしく、大関として活躍して下さったらと、願っています。琴奨菊関のがぶり寄りは、最高!ご自分の得意技を中心に、更に次へのステップに向けて、大きく成長して下さい。この9月場所は、空席の目立つスタートでしたが、場所が盛り上がるにつれお客様も増え、千秋楽に優勝がもつれ込んだこともあって、大変興味深い場所でした。今後も、是非楽しくて、手に汗握る取り組みに一喜一憂する場所にして下さい。海外からも、熱い声援を送っています。

桂三枝師匠のお言葉に、励まされる 10/10/11 

October 10, 2011

忙しさにかまけて、本当にご無沙汰してしまいました。先日、バッハのゴルトベルク変奏曲の始めての演奏会が無事終わり、ホッと。次のこの曲の演奏会は、今月22日に、ロサンゼルス・バッハ祭であります。この曲については、いろいろなところでお話していますが(しつこくて御免なさい)、ピアノ弾きとしては大曲であるとともに、夢の曲でもあります。一生に一度は勉強して、演奏したいというのが、本音ではないでしょうか。これからも、いくつかの機会に演奏させて頂けるので、一回一回全力で望みたい、と願っています。

私は、伝統芸能や職人の方々のお言葉を聞くのが大好き。何故かと言えば、音楽の勉強ととても似ているからです。そして、運動選手の方々の、厳しい日々の鍛錬についても、お話を聞くのが好きです。先日、何気なくテレビ(TVジャパン)を見ていたら、落語の世界の方々がトークショーでご出演なさっていて、とても興味深かったんです。その中で、桂三枝師匠のお言葉がずーんと、来ました。三枝師匠の創作落語がとても面白くて、機会ある度に、楽しんでいますし、司会などでも、温和で如才ないお話ぶりが、印象に深い方ですね。そういう中で、ご自身が創作落語に臨むときの姿勢、日々の精進の話になり、最後に「一生、自分との戦いです」と、おっしゃって番組が終了。そういう大変な思いがあっても、落語家はちゃらんぽらんに見られるから、ともおっしゃっていました。ああ、そういう私達から見えない面があって、落語家の方々の舞台があるのだなあ、と思いました。何だか、嬉しくなって(我々音楽家も同じ運命なので)、励まされた、一時でした。

スイカの皮   8/22/11

August 22, 2011

子供の頃、度々父方の祖父母の家に遊びに行った。夏休みには、長期に渡って、滞在。楽しい日々を過ごさせてもらったものだ。本当に感謝している。そんな夏休みの折、我々はご近所の親戚の家と分けて、良くスイカを食べたものだ。昔のスイカの皮はとっても厚く、もったいないので、祖母はそれを糠みそ漬けにした。ちょっと変わった食感で、美味しかった。昔の台所は、いつも暗くて、北向きの寒いところにあった。そして、その隅っこに樽が鎮座していたような気がする。今年の夏は、何故かスイカを頻繁に食べている。そして思ったのは、スイカの皮が本当に薄くなったことだ。これでは、漬物には到底出来ない。食べ物というのは、それにまつわる思い出も付いてきて、本当に楽しい。

 

99歳のお誕生日、そして若く消えゆく命  8/1/11

August 1, 2011

少し前に、知人の17歳の息子さんの話を書いた。彼は、ALS (筋萎縮性側索硬化症・きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)と闘っている。この病気は、重篤な筋肉の収縮と筋力低下をおこす、きわめて進行の早い病いで、残念ながら、治療法は確立されていない。彼のように若年で発症するケースは大変まれで、通常発症から3-5年で呼吸器官の麻痺に至るところだが、2ヶ月前に緊急入院して症状はかなり進んでいる。そして最近の彼の様子を聞いた全く同じ日に、99歳のお誕生日を祝う会があった。こちらは、99歳の現在も、馬に乗り、毎日を元気に送っている男性である。かくしゃくとしている。老いていく見本のような人物である。人生は平等でない、と言ってしまうのは、簡単だ。そのどちらも、尊い大事な命なのだ。そして、どちらにも、生きて来た沢山の物語がある。この17歳の息子さんのお宅、一階に引越し、人工呼吸器なども備え、息子さんが病院から帰れる方向で準備している。この息子さん、とても強いのである。ご両親は涙していても、本人は毅然としているのだ。残り少なくなってきた人生、家族に囲まれ(弟と妹がいる)、友人達に囲まれ、静かにそして平和な日々である事を祈るぐらいしか、私達には出来ない。